【共に学ぶ】学校ではしゃべれない 場面緘黙の子の心の内

【共に学ぶ】学校ではしゃべれない 場面緘黙の子の心の内
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 家庭など安心できる環境では普通に話せるのに、学校などの社会的な状況で話せなくなってしまう場面緘黙(かんもく)症。出現率は約500人に1人と、決して少なくない疾患にも関わらず、認知度は低い。教員にとって場面緘黙の子はおとなしく、一見「困ってなさそう」に見えるため、何もしないまま様子を見るなど、正しい支援につながっていないのが現状だ。また、友達ともコミュニケーションが取れないため、「1人が好きな子」といった誤解も受けやすい。「共に学ぶ」第15回では、しゃべりたくても言葉で発信しづらくて困っている、頑張りたいことがあってもそれを伝えられない場面緘黙の子の、本当の気持ちに寄り添う支援の在り方を考える。

家では話せるのに、学校では話せない

 「家では本当によく話す、明るい子なんですよ」

 インスタグラムやブログで次女の場面緘黙について投稿しているまりまりさんは、そう打ち明ける。次女はドイツへの引っ越しと小学校入学を機に、場面緘黙を発症した。現地の日本人学校に入学後、クラスメートと話せない「緘黙」の症状や、動けなくなってしまう「緘動」の症状が出始めたという。まりまりさんは「次女は家では私や夫、長女と普通に会話ができているので、最初はなかなか症状に気付かなかった」と当時を振り返る。

 もともと次女は「不安が強く、引っ込み思案で、恥ずかしがりやの性格」だったそうだが、1歳から入園した保育園では、小さな保育園だったこともあり、6年間大きな環境の変化もなく、こうした症状はなかったという。小学2年生の時に日本に帰国してからは公立小に通っており、小学5年生となった現在も場面緘黙の症状は続いている。

 学校ではあいさつができない、友達と話せない、グループ学習が難しいなど、クラスメートとコミュニケーションが取れない状態だ。担任とは小さな声だが、最低限の必要なことは話すことができている。運動会や発表会などの学校行事には何とか参加できているものの、「本人のストレスは大きい」とまりまりさんは感じている。

 

 

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2年生の時、学校で話せないことについて、自分の言葉で初めて説明してくれたそう(Instagram@marimari_ot 「場面緘黙症 次女ちゃん~診断まで~⑭」より)

一人でいたいわけじゃない、チャレンジしたい気持ちも持っている

 場面緘黙の出現率は、小学生約14万7000人を対象とした大規模な調査(※1)によると、0.21%とされている。約500人に1人と、小学校に1~2人はいる割合だ。しかし、それでも教員の認知は高くない。実際にまりまりさんも「これまで次女の5人の担任のうち、場面緘黙について知っていたのは1人だけだった」と言い、毎年新しい担任になるたびに「一からの説明だった」と苦労を語る。

 こうした現状に「まずは場面緘黙について、知っていただけるだけでありがたい」とまりまりさんは切実な思いを訴える。というのも、これまで学校だけに限らず、支援センターなどでも「1人が好きな子もいますし……」「他の子と関わりたくないのでは?」と言われることが多かったそうだ。

 「確かに、学校での次女を見ているとそう見えるのかもしれない。ただ、場面緘黙の子は1人が好きなわけではない。話せなかったり、表情が出なかったり、動きがぎこちなくなってしまったりする疾患による症状の結果として、周りとコミュニケーションが取りづらく、1人になってしまっていることがほとんど」と説明する。

 また、これまで「何かに取り組む際に、やりたいのか、嫌なのか、どう思っているのかが分からない」と担任から言われたこともあるそうだ。しかし、まりまりさんは「本人としてはいろいろなことをやってみたい、試してみたいという気持ちは普通に持っている」と話す。

 「場面緘黙の子は感情をなかなか表出できないので、先生やクラスメートにとっても何を考えているのかが分かりにくいと思う。でも、心の中にはちゃんと感情や意志があることを知ろうとしていただけるとうれしい。それだけで先生の関わり方も変わってくるのではないか」と期待を寄せる。

 4年生の終わりからまりまりさんの次女は週1回、通級も利用している。「個別の指導計画ができ、5年生への進級の際には、新しい担任の先生に疾患に対する知識の共有などがあらかじめできたのは大きかった」と、ほっとした様子を見せる。

 ただ、ほとんどの時間は通常学級で過ごしており、まりまりさんは「担任の先生にどこまで頼っていいのかは難しいし、心苦しい気持ちでいっぱい。でも、場面緘黙の子が一番症状の出る学校での関わりが重要で、親としてはどうしても先生を頼らざるを得ない」と苦しい胸の内を明かす。

早期発見と正しいアセスメントで治る

 場面緘黙について研究を続ける信州かんもく相談室の高木潤野氏は、場面緘黙についての教員の認知度や理解度について「以前に比べると認知は進んでいるが、理解は遅れている」と指摘する。「教員からすると、場面緘黙の子は困らない子。周りに迷惑を掛けないし、現実的な問題として学級にはもっと手の掛かる子たちがたくさんいる。また、場面緘黙の子は自分から悩みを発信することができないので、困っていないように見えてしまう」と話す。

長年、場面緘黙の研究を続けている高木氏(本人提供)
長年、場面緘黙の研究を続けている高木氏(本人提供)

 場面緘黙は2~5歳に発症するケースが多いとされているが、小学生や中学生になってから発症する場合もある。学校では、担任や数人の子とは小さな声でしゃべれたり、答えが決まっている問題には答えられたりする子もいれば、まったくしゃべらない子もいるなど、その子によって症状にはさまざまな程度がある。

 高木氏は「どのような状況だったとしても、場面緘黙は早期に発見し、正しいアセスメントをすれば治せるもの」と話す。しかし、現状では教員が場面緘黙に気付いても、適切な支援につながっていないことが多いと指摘する。

 「教員は気付いても、何か支援をして失敗するよりも、様子を見るという選択を取りがちだ。そっとしているうちに、1年たってしまう。場面緘黙への対応はスピード感が大事だ」

 では、教員は場面緘黙の子どもに気付いた時、どうすればいいのか。高木氏はまず場面緘黙について知識を得ること、そして保護者と連携しながら本人の話を聞くということを挙げる。

 しゃべれないのに、本人の話を聞くのは難しいと感じる教員もいるだろう。しかし、「場面緘黙の子は、そもそもしゃべれない子ではない。考えていることや頑張りたいこともある。それが言葉で発信しづらくて困っている状態だ」と高木氏は説明する。

 まりまりさんの次女のように、1対1であれば、教員と話せる子もいる。その際、「5分など短い時間ではなく、30分ぐらい時間を取る方が、安心して話しやすくなる」と高木氏はアドバイスする。また、言葉で話すのが難しければ、日記や作文など、文字でのやりとりで本人の気持ちを聞くようにすることを勧める。

いろいろな難易度の選択肢を

 日直の仕事なども教員は「しゃべれないから」と、その子のことを思って順番を飛ばしたりしがちだ。高木氏は「そうしたことも本人に聞いてみることが大事だ。飛ばしてほしい子もいれば、あらかじめやることを指定してくれたらできる子もいる。どうするのが一番いいかを本人と相談して決めてほしい」と重ねて強調する。

 実際に、まりまりさんの次女の現在の担任は、朝の合唱の活動で、参加するかしないかだけでなく、「先生の仕事を手伝う」という選択肢も挙げてくれたそうだ。まりまりさんは「1人で外れていると、やっぱり気まずいらしい。みんなと同じことができなくても、何か役割を与えてくれることで、ここに居てもいいんだという安心感につながったようだ」と話す。

 高木氏は「0か100ではない。例えば音読も、みんなの前ではできないかもしれないが、保護者に向かってならできるかもしれない。スマホに録音する形ならできるかもしれない。一つのことでも、いろいろな難易度の選択肢を挙げることが重要だ」と強調する。

 こうして少しずつチャレンジを重ねることで、「先生と話せるようになりたい」「友達と話せるようになりたい」という気持ちが芽生えてくることも多い。「そうすれば、さまざまなことに対して計画を立ててやっていけるようになる。ほとんどの場面緘黙の子は、話せるようになりたいと思っている」と高木氏は訴え掛ける。

 そしてもう一つ、「教員にしかできないことがある」と高木氏は話す。それは友達とつなげる機会をつくることだ。まりまりさんも「次女は友達を作りたい、友達と話したいとずっと思っている。でも、自分からはそれができない。ずっと友達ができないことが、自己肯定感を下げてしまっているような気がする」と懸念する。

 高木氏は「場面緘黙の子は、友達と遊ぶ約束ができない。学校でも外でも、1対1なら話せるかもしれないが、そういう機会を自分ではつくれない。だからこそ、担任教諭が普段からよく観察して、相性の良さそうな子とそうした機会をつくってあげてほしい」と語る。

 

 

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3年生の時、「隣の子が面白いのに、笑えなくて伝えられないのが悔しい」ともどかしさを訴えた(Instagram@marimari_ot 「場面緘黙症 次女ちゃん~3年生のクラス~15」より)

場面緘黙の人が働けるカフェをつくる

 「場面緘黙の当事者や経験者が働けるカフェをつくりたい」

 現在、都内に住む藤原はるなさんは、その夢の実現に向けて動き出している。高木氏が長野大学で教壇に立っていた時、はるなさんはそのゼミ生だった。高木氏のもとに親子面談にくる場面緘黙の子を世話するボランティアをしたり、ゼミのチャレンジ制度を活用して「場面緘黙交流会のんびり女子会」を企画して開催したりするなどしてきた。

 コロナ禍以降、リアルで交流会を開くことが難しくなったものの、夫の敬さんが運営する学習コミュニティー「ディアローグ」で場面緘黙の子どもの支援について考える学習会を開催するなど、場面緘黙の人のための活動を続けている。「リアルでやっていた交流会で出会った人たちがつながってくれたり、喜んでくれたり、そうした経験があったから、これからも場面緘黙の人のサポーターで在りたいという思いがある」と明かす。

 はるなさん自身は、以前より精神疾患を抱えている。最近では、解離性障害で失声症も経験した。「伝えたいことがあっても伝えられないもどかしさや、信頼関係のない人から『しゃべりなよ』と言われるつらさなど、自分も声が出ない経験をしたからこそ、場面緘黙の人の内面的なつらさも理解できた気がする」という。

 敬さんは、現在ははるなさんをサポートするために休職中だが、これまで、小学校の担任・特別支援教室(通級)の教員、中学校の教員を経験してきた。はるなさんが失声症で声を出せなくなった時、どのようにサポートしたのか。敬さんは、「失声症だからこうというのではなく、一緒に過ごしていて困ったら手を差し伸べる。安心して過ごしていれば、声は出るという確信があった」と話す。

 はるなさんは失声症を経験したことで、それまでは場面緘黙の人に対して「なんとかしてあげなきゃ」とばかり思っていたことに気付いたそうだ。「そうではなく、相手がどうしてほしいかに寄り添ったり、今できる方法が何かないかを一緒に探したり、そういう行動が大事なんだと思う」と話す。

 場面緘黙は、DSM(※2)の診断基準においては、不安症の一つに分類されている。周りが話さないことを責めたり、話すようにプレッシャーを与え過ぎたりすることは、かえって本人の不安感を高めることにつながってしまう。「場面緘黙でしゃべれなくても、一歩踏み出したいという人も、まだ踏み出せない人も、どっちの人もいると思う。だから、私はどっちの人も一緒に居られる場所をつくりたい」とはるなさんは前を向く。

※1:梶正義・藤田継道 (2019) 「場面緘黙の出現率に関する基本調査(4)」日本特殊教育学会第57回大会ポスター発表
※2:「精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)」:アメリカ精神医学会が出版している精神疾患の診断基準・分類。

本企画「共に学ぶ」では毎回さまざまな角度から、学びから取り残されてしまっているかもしれない当事者の視点に立って見える学校の風景を描写するとともに、考える材料を提供していきます。

 また、「共に学ぶ」未来について、皆さまと一緒に考える場をつくっていきます。本紙電子版の特設ページから、ご意見・ご感想をお寄せください。

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